師走の候

2017年12月12日

なにか書こうと思い立ったもののまとまらなかったので、スマホのメモになんとなく残していたものをいくつか断片的にあげてみました。文脈とかは完全無視しているので、適当に目を通してザッと目に付いた言葉だけでも持ち帰っていただければ幸いです。



・「夢は叶う」と、とあるシンガーが歌っていました。しかしながら誰かの耳にはそれが残酷に聴こえてしまっていることもよくあります。そのシンガー自身が言っていたのは「誰でも夢が叶うわけじゃないことくらいもうとっくにわかりきっている」ということ。言葉は想いを届ける対象を限定できません。だから自分の想いを伝えるにあたっては、ある意味相手の気持ちなんかきっとどうだっていいんです。ある意味。


・どんなに可愛いアイドルだって排便するし、どんなに令望を持った俳優でも自慰行為とかするのに、それが悲しい、悲しいとひたすら嘆く人がいます。我々はどうでしょうか。


・自分に嘘をつこうが、正直でいようが、どんなに丁寧に生きていてもやはり落とし穴にまでは神様はスポットライトを照らしてくれぬ故、注意深く足下を見ながら進むよりも穴に落ちてしまった過去をどう解釈すればまた前を向いていられるのかを考える練習が必要だと思います。どんな過去も決して「無かったこと」にはなりません。


・幾つも携えた持論という名の亀の甲が重荷になってはいないだろうか。いつか自分とは考え方が相反する人間に出会ったときに、素直に自分の信念を一度でも疑えるだろうか。


・「ヘアーサロンやました」という看板が、そこを通るたびに「ヘアーサロンやめました」と見間違えて毎度切なくなっている。


・葛藤している人には愛おしさを感じます。「こうきたらこう」みたいに何でもすぐに躊躇なく割り切れる人はなかなかの大人だと思う一方、あまり体温が感じられなかったりもします。なによりちょっとした悩みが絶えないくらいが人間として健康的だと思うのです。


・本当に好きな人の嘘なら、その人も、その人の嘘も守りたい。


・まずは「落ち着く」ということ。この世におきたトラブルの8割くらいは落ち着いていれば何も起きなかったんじゃないでしょうか。急いでいる時も「落ち着いて」急ぐ。


・日々過ごしていると、なんだかんだで世の中基本的には「良い人」の方が圧倒的に多いと感じます。やり方が間違っていたとしても、どんなに捻くれていても、それぞれに飼っている正義があって、人間の根本にある良識とかそういったものは突き詰めて言えば概ね共通しているのでは。


・僕はSNS上では敬語が多い性分です。本当はタメ口大好きだけども、やはり親しき中にも礼儀、良好な関係を築けている人でも「その距離だからこそ」というのはよくあることです。基本的に誰の味方にもならないことが僕なりの「忖度」なのです。


・自分の事を知っている人、好きでいてくれる人、大嫌いな人、友達、恋人、親や兄弟、彼らはみんないつか死んでしまうということ。この世界からどうせいつかは消えてしまうということ。それを思い出した時にはきっと少しでもいろんなことが許せるし、優しくなれる気がします。少なくとも、僕は。



来年はまた歌なり曲なり絵なりを今年よりもたくさん発信して、たくさんのことをたくさんの人と共有していられる年になればいいなと思っています。

師走の候、みなさんどうかご自愛ください。